鬼の子孫

日本には鬼の付く地名や苗字はありますが、鬼は実際にいたのでしょうか?

鬼が島のように「島に住んでいた人達」をオニといった?

外国人をみてその姿を鬼と思った?

あやかし・もののけ・妖怪など未知な存在に対して鬼と呼んだ?

 

それらもあるかもしれませんが、

鬼の子孫と言われる方は実際におられます!

この記事では

  • 鬼の子孫と言われる方がいる場所
  • 鬼から人間にどうしてなった?
  • 人間になった鬼の仕事は?
  • 鬼の子孫はどんな人?
  • 宿坊場所・連絡先

を調べてみました。




鬼の子孫と言われる方が住んでいる場所

鬼の子孫と言われる方が住んでいるのは奈良県北山村前鬼山

そこは前鬼(ぜんき)鬼の伝説が残る小さな里、吉野と熊野のほぼ中間の山奥です。

 

この前鬼から釈迦ヶ岳にかけての道は聖地の中の聖地。

約1300年前に修験道の祖、役行者によって開かれた『大峯奥駈道』です。

鬼はなぜ人間になった?

約1300年前に前鬼山に住んでいた二匹の鬼夫婦が、修験道の祖、役行者(えんのぎょうじゃ)と出会いその修行についていきます。

修行を積んだ鬼はもはや鬼ではなく人間だと言った役行者はふたりに前鬼・後鬼の名前を与え

この地に住んで修験者たちを助けるようにと言います。

人間になった鬼の仕事は?

鬼の夫婦には5人の子供ができぞれの名前は「五鬼助」「五鬼継」「五鬼熊」「五鬼上」「五鬼童」と名付けられました。

それぞれ「森本坊」「行者坊」「中ノ坊」「不動坊」という宿坊を営み、修験者の道案内、道の整備、食料の供給などに携わってきました。

しかし、江戸時代まで全国に17万人もいたという修験者は、明治5年の修験道廃止令以降激減。

他の鬼の家系も昭和にかけて断絶や転居によりこの地を去り、「五鬼助」だけが残り宿坊を受け継いできました。

鬼の子孫はどんな人?

61代目の鬼の子孫の方の名前は五鬼助義之さん、宿坊「五鬼助」を受け継いでいます。

 

義之さんは、1943年ここで生まれ、小中学時代は通学のために、上北山村小橡の伯母夫婦の下で過ごし、高校・大学は京都へ。
義之さんが大学生の時父、義憲さん(60代目)が52歳の若さで亡くなり、叔父の義价さんが宿坊をまもりました。
1984年に義价さんが亡くなり、林業をしていた弟の義元さんが継ぎ、1997年から義之さんが61代目として、全面的に宿坊を継ぎ、奥様の三津子さんも協力を惜しまず、宿坊の食事を作っています。
平日は夫婦ともに会社で働き、週末の朝4時に大阪寝屋川を出て宿坊運営。

宿坊の場所・連絡先

宿坊は修験者・一般問わず宿泊可能です。

前鬼宿坊 小仲坊
場所 吉野郡下北山村前鬼30
電話平日 072-834-1074
電話・現地 07468-5-2210
営業 土・日曜、連休、お盆・年末年始
宿泊 1泊2食付 8,000円(弁当500円)※要予約
素泊まり  4,000円
駐車場 あり

まとめ

この記事では

  • 鬼の子孫と言われる方が住んでいる場所
  • 鬼から人間にどうしてなった?
  • 人間になった鬼の仕事は?
  • 鬼の子孫はどんな人?
  • 宿坊場所・連絡先

を調べてみました。

鬼の子孫として五鬼助義之さんは何度もメディアに出ています。

おだやかであたたかいその人柄は宿坊を訪れる方・地元の方に愛されています。

鬼は聖地を守る聖なる生き物で、人間界と聖地の堺を案内する方達と言えます。

一般の人でも泊まれる宿坊、美しい景色と共に訪れてみたいですね。

 


最後まで読んで頂いてありがとうございました。
 
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